ベトナムの黎明期

ベトナムには人の心を揺さぶる豊かな歴史があります。ベトナムはアメリカとの戦争で注目を浴びましたが、その何世紀も前から中国、クメール、チャム、モンゴルとの争いの歴史が続きました。ベトナムは、中国の支配下にあった1000年間で同国から高度な文明を受け継ぎました。その後はフランスの植民地になりましたが、20世紀の後半になるまではベトナムが歴史上の表舞台に登場することはありませんでした。アメリカとの戦争は、それまで何世紀にも渡るベトナムへの侵略の歴史の最後の闘いでしたが、アメリカが何をしても、どれだけ長期戦になっても、ベトナムが屈することはありませんでした。当時ワシントンにいた指導者たちがこれから述べるベトナムの誇るべき歴史を少しでも学んでいれば、ベトナム戦争の悲劇と傷はこれほど深くならなかったのかもしれません。
ベトナムに行ったことがあれば、どの都市にも同じ名前の「通り」があることに気が付くと思います。その「通り」には、2000年以上もの間、外国からの侵攻を食い止めてきたベトナムの英雄たちの名前が記されており、その偉業は綿々と続く世代に引き継がれてきたのです。

ベトナム北部では、およそ50万年前にすでに人類の営みがあったことが最近の考古学研究で分かっています。1万年前には同じ北部地域で新石器時代になり、紀元前7000年には初期の農業が早くも始まりました。銅鼓で知られる青銅器文化のドンソン文化は、紀元前3世紀頃に現れました。
西暦1〜6世紀にかけて、ベトナムは南部は精巧な芸術と建築で知られるカンボジアのインド系王国の扶南に属していました。この王国はクメール人からはノコア プノンと呼ばれ、王国の中心は現在のカンボジア タケオ州の近くにあるアンコール ボレイに築いた防壁に守られていました。扶南人は交通と稲作の灌漑を目的とした緻密な用水システムを構築し、メコンデルタのオケオには港湾都市を持ち、中国やインドネシア、ペルシャ、地中海沿岸地域と交易をしていたことがわかっています。
現在のダナン近郊には西暦2世紀後半にヒンズー教のチャンパ王国が興りました。 チャンパ王国は扶南と同じく、サンスクリット語を使い、芸術や文化もインドの影響を強く受けました。8世紀になると、チャンパ王国は南方の現在のニャチャンやファンランの周辺にまで拡大しました。チャム王国は好戦的で、インドシナ各地を襲撃し、北部のベトナム人と南部のクメール人は常に戦争状態にありましたが、次第にチャム王国にとって戦争が重荷になり、南北を大国に挟まれることにより力を失っていきました。ダナンのチャム彫刻博物館にはチャム王国の彫刻品が展示されていますので、訪れてみて下さい。