Quản Lý Trang Trại Cần Kỹ Năng Gì? 6 Nhóm Năng Lực Cốt Lõi
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去る12月23日土曜日、私がベトナムで転職をした日本語学校のクリスマス会がありました。 自由参加制にも関わらず、多くの生徒に参加してもらえました。 私の勤める日本語学校のクリスマス会は、例年英語・ベトナム語が禁止となってるくらいで日本で行われるクリスマス会と特に変わりません。強いていうならば、今年は日本からの学生インターンシップでハノイに訪れている方々が日本のおとぎ話「さるかに合戦」の演劇を披露してくれたくらいでしょうか。 ちなみにベトナムはタイや中国の影響から仏教が多いのですが、意外にもキリスト教も普及しております。私のハノイの家の近くにはキリスト教の教会があるのですが、日曜日は道路にも人、人、人で溢れかえっていました。心なしか普段よりもミサや賛美歌のボリュームが大きかったように思えます。 例年、このクリスマス会が終わると、ベトナムの日本語学校はテトへ向かってカウントダウンが始まります。特に1年間コースの生徒さんをメインで請け負っている先生方は、次年度のカリキュラム作成などで大わらわになるのですが、2018年度の始まりはテトの影響で例年より遅く3月初旬からとなっており、ゆったりとされている印象です。 口を出さずにはいられない性格なので、仲の良い先生には「今年は手伝いませんよ」と話しております。
ベトナムの歴史が好きですと街歩きはとっても楽しくて健康的なアクティビティだと思います。 その理由はベトナムの偉人の多くが街の名前や通りの名前になっていることです。日本では結構珍しいことですが、海外ですとイギリスやオーストラリアでもよくあるんです。ただ私が訪れた国の中でベトナムだけは、地名や通りとその名前に意味合いが強いんです。 私が日本語を教えているクラスのベトナム人に何度も情熱を持って語っているのですが、口をぽかんと開けて「だから?」みたいな顔をされます。ベトナムの歴史が好きな外国人からすると、感動するものがあります。 正直、ハノイは地図だけで楽しめると思うので、歩くのであればホーチミンの方がオススメです。 オススメポイント ハイバーチュン。ベトナムで働いている日本人じゃなくても、ベトナムに訪れたことがある人はハイバーチュンという言葉を聞いたことがあると思います。ホーチミンですと、ハイバーチュン通りは市内中心部から郊外へと伸びる通りで最長とも言われるほど長い通りです。ハノイですと、最大とされる区でベトナム有数の大学が集まっています。 最長と最大を聞いてわかる通り、ハイバーチュンに対するベトナム人の敬意はすごいんだと思います。 ちなみにハイバーチュンとは、チュンソクとチュンニを合わせてチュン姉妹と言う意味があります。彼女たちは、当時ベトナムを支配していた後漢に対して反乱を起こしたことで有名です。そして、後にベトナムのジャンヌダルク(生年はジャンヌダルクの方が後)とも呼ばれ、ベトナム人のプライドの象徴ともなっています。 姉 チュンソクに関しては数々の伝説を含めて色々と情報があるものの、妹 チュンニに関しては出生すらも定かになっていないんです。
1985年にソ連ではミハエル ゴルバチョフ大統領が権力を持ち始めるとペレストロイカ(改革)とグラスノスチ(情報公開)を断行し、急進的な革命の時代となりました。ベトナムでは、1986年に改革志向のグエン ヴァン リンが共産党書記長に就任し、ソ連に追随する形で、ドイモイ(経済刷新)をカンボジアで実験し、ベトナムに導入しました。ソ連による共産主義世界への関与の縮小は、遠く離れた前哨基地であるベトナムにも影響し、カンボジアの占領を維持するのが困難になったため、1989年にベトナムはカンボジアから撤退することを一方的に決めました。ベトナムにとって共産党の生き残りが国家としての命題であり、生き残るために改革が必要でした。 しかし、1989年の東欧の劇的な変化と1991年のソ連の崩壊の一連の動きは、ハノイ政府として受け入れられるものではありませんでした。ベトナム共産党は、東欧の民主化革命を「帝国主義者からの反撃」と呼び、ブロック国家に非共産党が入り込むことを非難しました。ベトナムは政治的な変革は無いままで、市場経済のみを受け入れることに決めました。資本主義が根付くのには時間がかかりましたが、今日のダイナミックなベトナムへの成長はホーチミンも想像できなかったかもしれません。 ベトナムの敵国であった米国との関係は、近年になって改善されました。1994年の初め、米国はついに1960年代から続いていた経済制裁を解除しました。米国との外交関係は完全に回復し、ベトナム戦争に参加しなかったビル クリントン大統領は、2000年にベトナム北部を訪問した最初の米国大統領になりました。ベトナムが世界貿易機関(WTO)に加盟を支持するために、2006年にジョージ W ブッシュ大統領もベトナムを訪れました。 歴史的な敵国である中国との関係も改善されました。今でもベトナムは北部の隣人の影に怯えており、中国もベトナムを自国の反乱地域のように考えています。しかし、ベトナムの経済成長は北京の注目を集めており、また、ベトナム北部は雲南省と四川省から南シナ海への最速ルートでもあります。未来志向の協力は過去の戦争の記憶よりも重要です。 ベトナムはアセアンにも参加しました。アセアンは当初は共産主義に対する防波堤として設立された経緯がありますが、今ではベトナムはアセアンの積極的なメンバーであり、バラ色の経済成長をさらに押し上げようとしています。ベトナムの経済は年に8%以上成長しており、たくさんの観光客が訪れるようになりました。ベトナムの未来は明るいですが、最終的な成功は、ベトナムが中国の発展した道筋をいかに順調に追うことができるか、すなわち政治的自由化を伴わない経済自由化を成立させるかです。ベトナム人8000万人に対して、共産党党員は200万人であり、一歩一歩慎重に歩んでいく必要があります。